インドネシア滞在レポート 〜ジャグジャカルタ、ソロ、ジャカルタのアートシーンの概観〜
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*** in Residence Kyotoでは、本年度、京都と海外のネットワークの拡張と深化を図ることを目指し、京都芸術センターとの協働のもと、京都を拠点とするクリエイターを海外のアーティスト・イン・レジデンス施設に派遣する事業を実施しました。
京都芸術センターが持つネットワークの中から選ばれた国はインドネシア。
2024年にKYOTO EXPERIMENTの参加アーティストであるムラティ・スルヨダルモ氏が運営するスタジオ・プレスンガン(Studio Plesungan)に受入先となっていただき、公募と審査を経て選ばれた増川建太氏を2025年12月~2026年1月の1カ月間派遣。
また、クリエイターの派遣と合わせて、京都芸術センターでレジデンス事業に取り組むアートコーディネーターも現地に派遣し、約1週間にわたりインドネシア各地におけるアートシーンの現況を視察しました。
インドネシアは、近年、多様な分野のクリエイターが集い、インディペンデントに独創的な活動を展開していることで知られています。今回の受入先となったスタジオ・プレスンガンのように、アーティストたちが自らレジデンス施設を運営している例も数多く、インドネシアに拠点を持つ日本人アーティストも増加の一途にあります。
クリエイター同士の活発な交流が大きなムーブメントを生んでいるインドネシアという場所に、クリエイターはどのような刺激を受けたのか。そして、インドネシアにおけるクリエイターたちの活動は、どのような参照項となるのか。実際にインドネシアに滞在したアートコーディネーターによる滞在レポートを掲載します。
目次
インドネシア滞在レポート ~ジョグジャカルタ、ソロ、ジャカルタのアートシーンの概観~
寺岡樹音(京都芸術センター アートコーディネーター)
京都市が主催する「*** in Residence Kyoto」と、京都芸術センターの連携により「アーティスト・イン・レジデンスプログラム2025/2026 スタジオ・プレスンガン」が実施されました。公募により選出された、京都を拠点に活動する振付家・ダンサーの増川建太氏を2025年12月から2026年1月の1か月間、インドネシアのジャワ島の中部に位置するスタジオ・プレスンガンへ派遣しました。
1月10日の増川氏の成果発表に合わせて、1月7日-14日の8日間インドネシアに滞在し、ジョグジャカルタ、ソロ、ジャカルタの3都市でアートスペース、美術館、アーティストのスタジオを訪問しました。
ジョグジャカルタ
ジョグジャカルタはTirtodipuranストリート周辺に多くのアートスペースが集まり、徒歩でスペース間を移動することができました。今回は、以下地図の赤枠内のスペースを訪問しました。ビジュアルアーツ系のアーティストが多く活動しているという印象を持ちました。今回は訪問できませんでしたが、このエリア付近には、日本のアーティストが物件を借りて開いたスペースも複数あり、国際的なアーティストたちの交流拠点やレジデンス施設として活用されていました。

2011年設立。コミュニティおよびそのネットワークと協働し、アートの実験場(ラボラトリー)としてのスペースを運営するアーティスト・コレクティブ。
2025年以降は、Equator Art Projectsとの協働によりLanggeng Art Spaceを拠点として活動を展開し、キュラトリアルな取り組みをさらに発展させています。訪問時には、「The Broken White Project」というプログラムの展覧会が開催されていました。このプログラムは、Ace House Collectiveが支援ネットワークと協働して立ち上げた、選出されたアーティストを紹介する展覧会プログラムで今回は30回目。インドネシア拠点のMujahidin Nurrahmanと、Rudy Atjeh Dharmawan (b.1982)の二人の作品が展示されていました。

2024年5月オープン。ビジュアル・アートを扱うギャラリースペース。
訪問時には、Agnes Christinaの個展が開催されていました。また、アートショップが併設され、主にインドネシアを拠点とするアーティストのZINEやグッズが販売されていました。
Srisasanti Syndicateによるスペース。Srisasanti Syndicateは1994年に設立され、Srisasanti Gallery、 kohesi Initiatives、STEM Projects.というギャラリーにより構成されます。
Aは、2階建ての建物全体がギャラリースペースになっており大きな展示スペース2つと小さめのスペースが2つ、スペース間の空間も展示がされていました。天王洲のTERRADA ART COMPLEXのような形で、アートギャラリーが集積するギャラリーコンプレックスです。
Aでは、上記の3つのギャラリーによる展示がそれぞれ開催されていました。
Bは2023年に新しく設立され、同じ敷地内にレストランがあります。どちらのギャラリースペースも天井が高く、広々と贅沢な作りでした。

主に写真をメディアとして扱うアーティストが集まるアーティスト・コレクティブであり、アートスペースを持っています。1994年に設立したコレクティブで、現在のスペースに至るまでにいくつかの場所を移動してきたという歴史を共同ディレクターのRangga Purbayaが話してくれました。
訪問時には、一人のアーティストによるサイアノタイプのワークショップを実施しており、参加することができました。夜にはスモールパーティーに招待してくれ、お昼の訪問時よりもたくさんの人が集まり、一緒にお酒を飲んだり、話したり、交流しました。MES 56の近くに物件を借りてアトリエとして使用しているという、日本人のアーティストにも会うことができました。来るもの拒まず、去る者追わず、その時の出会いを楽しむ雰囲気で、「なんとなく集まる」ことができるスペースを持つことの強みを感じました。


1988年設立。ジョグジャカルタでは最も古くから活動しているアートスペースであり、展覧会、ワークショップ、トーク、出版、長期的なリサーチプロジェクト、そして3か月間のアーティスト・イン・レジデンスといったプログラムを実施しています。
訪問時は、サンフランシスコとパリを拠点とする非営利財団KADISTとの共同展示「Let Them Eat Cake」のオープニングが開催されていました。たくさんの人が訪れ、賑やかなオープニングでした。
ディレクター兼チーフキュレーターのDito Yuwonoにギャラリースペースのほか、2部屋あるレジデンススペースを案内してもらいました。1年に2回実施されるアーティスト・イン・レジデンスでは、インドネシアのアーティストを1組、国外からのアーティストを1~2組受け入れているとのことでした。


ジョグジャカルタで訪れたほとんどのスペースの共通点として、展示会場の壁に貼付されているQRコードをスキャンすると、作品やアーティストの概要が記された電子カタログにアクセスすることができました。作品の販売目的もあると思いますが、アーカイブ的な役割も担うものであり、参考にしたい点です。
Studio Plesunganのレジデンス
2都市目、ソロ。
「アーティスト・イン・レジデンスプログラム2025/2026 スタジオ・プレスンガン」。
京都を拠点に活動する振付家・ダンサーの増川建太氏を派遣しました。スタジオ・プレスンガンは、Melati Suryodarmo(ムラティ・スルヨダルモ)が運営するスタジオで、リハーサルスペースと複数の居住スペースを備えています。現地の若い世代のアーティストに向けて、国内外から講師を招聘しワークショップなどを実施しています。増川は1か月の滞在の中で、リサーチ、ワークショップ、公演、トークイベントを行いました。過密なスケジュールであったとは思いますが、有意義な滞在になったと思います。増川は、料理のレシピを舞踊譜と組み合わせ、振付として身体を動かす作品を継続して制作しています。リサーチでは現地の方の自宅でインドネシア料理を学んだほか、豆腐工場を見学したといいます。ワークショップでは、「ことば」を振付に身体を動かす自身の実践を共有しました。増川が英語で説明し、インドネシア語の翻訳を交えながらのワークショップであったといいます。
参加者は、増川が日本語で書き、それを英語に訳した「振付のためのフレーズ」から連想する言葉を、母語であるインドネシア語で書き出し、その言葉を手がかりに身体を動かしました。増川によれば、日本語と英語では言葉の意味が身体に届くまでの速さに違いがあるため、自身の振付は基本的に母語である日本語をベースに考えているそうです。
一方で、自身が身を置く環境や気候によって、振付を考える際に浮かぶ表現や言葉は、単語レベルで変化するとも語りました。具体的には、冒頭の増川が舞台上に現れるシーンに見られる「雨に濡れた草の上で蛙の声が聞こえる」といったイメージや、「ココナッツミルク」「雨季」「スコール」といった単語が挙げられます。
1月10日の公演は、ソロ中心に位置するTeater Arenaで実施されました。
客席はアクティングスペースを囲う3面構成で、照明、音響、映像を含む大規模な上演となりました。1か月の滞在でここまでのレベルの公演となったのは特筆すべき点です。上演では、インドネシア語に翻訳された料理のレシピ=舞踊譜をスクリーンに映し出しながら、振り付けが進行していきました。公演内で作られた料理は、おにぎり、味噌汁、豆腐ハンバーグステーキでした。米は、日本でも、インドネシアのほとんどの地域でも、主食とされ、それを中心とした食体系が形成されています。「米」を炊くという振付は、初演の原谷スペースから継続されて行われている重要な要素です。味噌汁は、日本から持参した味噌とインドネシアのトマトが合わせられ、Melatiは「like the mixture of Kyoto-Solo」と、翌日のトークで表現しました。終演後に完成した料理を観客が食べる様子がとても良かったです(日本では難しいと思います)。
インドネシアは、1月が結婚式シーズンらしく、上演中に近くのイベント会場からDangdut(ダンドゥット:インドネシアの大衆音楽)が聞こえてきました。 恋、労働、貧困など、庶民の生活に根ざした歌詞が多いというDangdutは、食にまつわる権力への「レジスタンス」としての振付の文脈を強化しているようで印象的でした。
翌日には、Studio Plesunganにて、トークイベントを実施し、増川からは自身の制作について、京都芸術センターからは京都のアートシーンの概観を共有しました。質疑応答も濃厚な内容で、ある参加者は、前日のパフォーマンスを見て、感想と質問を用意しており、Gerwaniの「Api Kartini」*1という機関誌の情報を増川と共有しました。第二次世界大戦前後の婦人誌をリサーチする増川に何かしらのヒントになったのではないでしょうか。また、インドネシアでは、2025年にプラボウォ大統領によって開始されたインドネシアの無償給食プログラム「Makan Bergizi Gratis(MBG)」*2 についての議論が活発だという話もありました。「食」をテーマにする増川の作品はインドネシアの観客にとっても、私たちの生存に必要不可欠な「食べる」という行為を改めて見つめ直す契機となったようです。
*1
インドネシアの女性運動組織Gerwani(ゲルワニ)が発行していた公式月刊誌の名前で、「カルティニの火」を意味し、レシピ、裁縫、教育など、幅広いトピックを扱うほか、女性運動についても重点的に取り上げる。女性の政治的・社会的意識を高め、エンパワーメントを目指す。https://warungarsip.co/produk/kliping/api-kartini-no-4-th-ii-april-1960/
*2
全国の就学児童だけでなく妊産婦も対象に学校給食の無償提供を行うことで、就学児童および乳幼児・妊産婦の栄養状態の改善、子どもの発育阻害への対策、それに伴う学力の向上、貧困削減を目指す政策。https://www.jica.go.jp/jica_ri/research/growth/1575307_24128.html





増川からは、リサーチの一環で訪れた、深夜1時から調理を始めて朝食を提供するインドネシア式の食堂「ワルン」のおばあちゃんが公演を見に来てくれ、「良かったよ」と声をかけてくれたことが印象に残っているとの話がありました。また、観客から振付のプロセスについて質問を受けたり、「日常的な振付が珍しい」というフィードバックを得たことも記憶に残っているといいます。
また、公演でスクリーンに投影された「振付のレシピ」は、増川が日本語で書いた振付のレシピを英語に翻訳し、さらにそれをインドネシア語に訳したものです。増川は、英語からインドネシア語へ翻訳する際のやり取りが特に印象に残っていると語りました。この翻訳には、スタジオプレスンガンのスタッフでありダンサーとしても活動するRazanとVelinaが関わっていました。「こういう感じ?」と身体で動きを示しながら意味を確認し合い、増川と認識をすり合わせた上でインドネシア語へと落とし込んでいったといいます。つまりそこでは、日本語→英語→身体→インドネシア語という変換のプロセスが生まれていました。
ソロは、パフォーミングアーツの分野で活動するアーティストの人口が多いといいます。Melatiのスタジオの存在が大きいでしょう。京都芸術センターでのレジデンスと比較すると、プレスンガンは、アーティストコミュニティに「留学」するような形で滞在し、アーティスト同士の交流、議論が日常的に行われる環境であると感じました。
ジャカルタ
3都市目、ジャカルタ。人口1000万を超える大都市であるジャカルタは5つの行政市に分かれていますが、今回は、バンドンを拠点に活動しているアーティスト、本間メイ氏のアテンドで、特にアートスペースが多く集積する南ジャカルタ市を中心にいくつかのスペースを訪問しました。
基本的にバイクか車での移動が必要でしたが、町全体で交通渋滞がひどく、都市圏内を移動できる車両の制限などが行われていました。
2008年に開設された民間のアートセンターで、1995年に芸術の自由を求めて、アーティストやジャーナリスト、知識人たちによって組織された「コミュニタス・ウタン・カユ(KUK)」を前身としています。パフォーミングアーツとビジュアルアート両方のプログラムを実施しており、活動形態が京都芸術センターと類似していると感じました。インドネシアの著名な建築家によって設計された複数の建物からなるアートセンターで、ギャラリースペース、可動式の椅子を備えたブラックボックスの劇場、音楽収録にも使用できる防音のスタジオ、鏡を備えたスタジオなどを設備として有しており、国際的な舞台芸術祭と、文学のフェスティバルを隔年で開催しています。カフェスペースやシェアリングオフィススペースを備えている点も共通します。また、レジデンス施設も建物内に備え、リハーサル、滞在、発表を一貫して行える点が魅力です。
アートセンターの建物の建設費用は寄付によって賄われており、施設の運営費は、ギャラリー、劇場、リハーサルスペースをレンタルで貸し出すことなどによって賄われているそうです。スペースの使用予定は年間のスケジュールが詰まっており、朝の時間帯には毎週ヨガクラスがあるとのことでした。







IrwanとTitaは、ユニットで活動しています。環境問題や都市問題をリサーチし、地域住民と協働したプロジェクトなどを行っています。2025年8月に実施した「THE PLACENTA, THE TURTLE, THE SPY」というプロジェクトの記録映像を見せてもらいました。このプロジェクトは、海岸に洪水対策の防壁が建設されたことにより、本来は海で生活していますが、防壁の中に取り残されてしまった「亀」との出会いが起点となっています。防壁に隣接する町の漁師と協力し、亀の御神輿のようなものを制作し、それを担いで防壁に沿って練り歩き、最終的には、廃墟となった建物の中でパフォーマンスを実施しました。ジャカルタを拠点にアーティストとしてどのようにサバイブしているのか、貴重な話も聞くことができました。
Ikaは、メディアと消費が複雑に絡み合う現代社会において「女性であること」の定義について考えるプロジェクトなどを行っています。自分の思考や感情を書き出す「journaling(ジャーナリング)」のコレクティブ活動を行っており、ジャーナリングのワークショップをこれまでに複数回主催しています。企業の依頼を受けワークショップを実施することもあるといいます。以前行った展示では、LGBTQのシンボルであるレインボーフラッグを掲げることも政府の検閲の対象になったという話は驚きました。
実業家のハリアント・アディコエソエモにより、2017年にインドネシア初の現代美術館として開館。複合ビルの5階に位置しています。森美術館などをモデルとしながら設立された私立美術館であり、国内外の現代美術を中心としたコレクションを収集しています。訪問時には、Olafur Eliassonの巡回展が実施されていました。


インドネシアの国立美術館で、国内外の美術作品の収集、収蔵、展示しています。
訪問時は、企画展は行われておらず、コレクション展を鑑賞しました。オランダの植民地であった時代から、インドネシア共和国として独立した1948年以降のインドネシアの美術史を概観できる展示となっていました。本間メイ氏によると、コレクション展がリニューアルされたのはごく最近とのことでした。終盤には現代美術の作品が紹介され、そのうちの一つにMelati Suryodarmoの映像作品がありました。
コレクティブはマーケティング?ブランディング?
インドネシアといえば、2022年のドクメンタ15で芸術監督を務めたルアンルパに代表される「コレクティブ」が多く活動しているというイメージがあります。一方、今回のジャカルタ滞在中に「コレクティブ」という概念が、グローバルなアートマーケットの中で生き残るためのマーケティングやブランディングの戦略のようなもので、実体を伴っているのだろうか、という声もありました。また、Salihara Art Centerのように、民間発のプロジェクトに富裕層からの寄付が集まることで活動が拡大している様子などからみても、コレクティブの活動を長期的に支えるエコシステムは実際にはかなり複雑であることが窺えました。
Melatiのスタジオ、IrwanとTitaのプロジェクト、Ikaのワークショップなど、「コレクティブ」という言葉を前面に掲げてはいない活動の根底にも、コレクティブ的な精神が存在しているように感じました。プロジェクトのために、アーティストも、そうでない人も集まり、目的が明確でなくとも、なぜか人が集まってしまう。人が集うためのスペースと土壌があると感じました。
筆者が現在働いている京都芸術センターには10部屋の制作室があり、さまざまなジャンルのアーティストが日々制作を行っています。また、地域の方がクラブ活動をしており、カフェを目的にセンターを訪れる人もいます。しかし、近年は、「だれかがなんとなく集まれるスペース」が不足しており、予想外の出会いや交流は生まれにくい構造になっているのではないかと感じました.
ジョグジャカルタ、ソロ、ジャカルタの3都市を訪れて
今回の滞在では、インドネシアの3都市を訪れました。
初めの2都市とジャカルタの都市インフラの整備状況に大きな差があり、それに連動するような形で異なるアートシーンが展開されているように感じました。具体的には、マーケット志向であるか否かという点が挙げられます。ジョグジャカルタは、ビジュアルアーツのアーティストランのスペースが多く、また、マーケットからの距離に関わらずコミュニティ同士が密接に繋がっている様子を垣間見ることができました。ソロはパフォーミングアーツのアーティストが多い印象を受けました。ジャカルタは、突出して都市化が進み、高層ビルが立ち並び、コミュニティやスペース間の繋がりはもちろんあると思いますが、それぞれが独立しているように感じました。短い滞在のなかで見えるものは限られるが、日本とはまったく異なる環境のなかで、アーティスト・クリエイターは、どのように活動を展開しているか、その一端を知る機会となりました。