行政×地域で耕す「当たり前」。レジデンスが描く、街のセーフティネット

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海外クリエイターが、当たり前にそこにいてもいい状態をどう作るか。2025年度に京都市内で実施された「*** in Residence Kyoto」(アスタリスク・イン・レジデンス)。その裏側には、単なる宿泊施設の提供を超えた、行政と民間による緻密な「地ならし」がありました。 レジデンスオーナー、コーディネーター、ディレクター、行政担当者2名を含む5名が、一過性のイベントに終わらせない、レジデンスと地域連携についての振り返りとこれからについて語り合いました。
座談会参加者(右から)
- 小西聖矢(京都市地域自治推進室)
- 上田聖子(コーディネーター)
- 倉谷誠(京都市文化芸術企画課)
- 武田真彦(レジデンスオーナー|西陣織旧工場)
- 杉田真理子(ディレクター|Bridge Studio)※リモート参加
インタビュアー:榎藍香(株式会社マガザン)
取材・文:小倉ちあき
撮影:岡崎こなみ(株式会社マガザン)
「当たり前にそこにいてもいい状態」を作る地ならし

ー今回のモデル事業では、市役所・区役所・民間施設が密に連携しました。実際に地域へ入る際、その効果はどう感じましたか?
倉谷
去年から「地域との繋がり」は課題でした。その上でも今年、小西さんのいる「地域自治推進室」と一緒に動けたのは大きかったですね。地域の顔役である自治連合会の方々への橋渡しを、区役所にお願いできたんです。僕らの獲得目標は、まずは「やったらあかんと言われないこと」。そこは京都市の事業という「看板(信用)」を全力で使わせてもらいました。
武田
その効果は絶大でした。私一人では接点がなかった学区の会長さんも、区役所から紹介を受け、京都市役所の方と一緒にご挨拶に行くと、取組を温かく受け入れてくださいました。海外クリエイターと一緒にご挨拶に伺った際には、お茶まで立てて歓迎してくださって。自分自身も「守られている」という実感を持てました。
杉田
私のように個人でレジデンスをやってきた人間からするとありがたみがわかります。私はパートナーが外国人ということもあり、これまで地域との繋がりには繊細に気を遣ってきました。外国人というだけで奇異の目で見られたり、匿名で通報されたりと、その度に疲弊することもあります。そんな場所に、行政の方が足を運び、一緒に取り組んでくれる。その様子を地域の方が見ているだけで、「ちゃんとした活動なんだな」というお墨付きになるんです。お墨付きの「お札(ふだ)」としてずっと貼りたいくらいです(笑)。
ー単に海外クリエイターを呼ぶだけでなく、地域に溶け込むための「地ならし」として、どのような工夫をされましたか?
杉田
海外クリエイターが、その場所に「当たり前にいてもいい状態」を作ることが一番大切だと思っています。例えば、ミャンマー人のズニさんが、滞在していた左京区役所や地域の方のつながりで、地元保育園のクリスマス会に招待いただいたんです。特に何をするわけでもなく、後ろの方に座ってイベントに参加し楽しんでいただけでしたが、「海外の人が来ているけど、いてもいいんだ」という空気感、許容される地ならしこそが、長期的な安心感に繋がるんだと感じました。

上田
私が企画に携わった「エリアウォーキングツアー」もその一環です。今年度モデル事業を実施した6つそれぞれの行政区で活動している地域のコーディネーターやクリエイター、大学生が、地域を知る立場として「友人が遊びに来たらどうやって地域を紹介するか」という想定で、観光案内とは異なる目線で街歩きツアーを作ってもらう企画です。そういう細かな「街の解像度」を上げることが、クリエイターの「よそ者感」を払拭すると感じています。



杉田
確かに。到着してすぐに「街の全体像」をスキャニングさせてくれる人がいるかどうか。これだけで滞在の質や、その国への印象がガラッと変わると思うんです。今まさに(2026年3月現在)、私はナイジェリアにアーティスト・イン・レジデンスに来ているのですが、地域のことを紹介してもらうまで、「誰にも紹介されない状態」は本当に孤独で、自分が赤ちゃんになったような絶望感すらありました。 初期のタッチポイントをデザインするコーディネーターの役割は、やっぱり不可欠なんだなって再認識しています。

「あんた、明日帰るのか」。ささやかな交流の積み重ね
ープログラムを通じて、印象に残っているエピソードを教えてください。
武田
フランス人クリエイターのポール・ボヌヴィルが、西陣織の「帯屋捨松」さんで150年以上前に京都に持ち帰られたフランス語の織物の教科書を見せてもらった時です。ポールが昔のフランス語を読み解きながら「これはこうですよ」と図面を説明し始めたら、織屋の方が「初めて内容がわかった!!」と大喜びされて。時代と国境を超えた文化と技術の交換によって、地域と一瞬で距離を縮めました。


倉谷
船岡山でのエピソードも素敵でした。北区版の市民しんぶんにクリエイターのジュール・ゴリアットが来ることが掲載されたのですが、それを読んだ地域の方が、わざわざ彼に会いに来てくれたんです。その方は他府県から京都に引っ越して来られたのですが、地域との関わりがなく引きこもりのような状態だったそうで、海外クリエイターが考えた「ものを交換する」というコミュニケーションをきっかけに、行政の発信が個人の勇気ある一歩を後押しした瞬間でした。そのような取組が地域に広まり、地域のキーマンたちが新しい刺激を受け入れる「土壌」が確実に育っているのを感じました。

武田
梅小路に滞在していたステン・カジさんが帰国する日、「あんた、明日帰るのか。寂しくなるな」って、地域の人たちにもみくちゃにされて別れを惜しまれている姿を見た時は、自分のことのように嬉しかったですね。私たちが知らないところでもレジデンス期間の1ヶ月の間に、確かにそこに「暮らし」があったんだなって。

ー感動の瞬間ですね!
上田
ANEWAL Galleryを運営されている飯高さんがコーディネートしてくださった上京区の「エリアウォーキングツアー」で、日本一狭いと言われている路地を歩いたときのことですが、「路地のマンホールは、古くなっているので踏まないように。地域の人たちの大切なものだから」と教わったのが印象的でした。そういう目線でまちを見たことがなかったので新鮮でしたし、改めて地域のマナーを知ることができました。また、下京区でFabCafe Kyotoの木下さんにエリアウォーキングツアーを実施いただいた際には、カメルーンから2名のアーティスト・キュレーターと、オランダから2名のアーティストを受け入れていたタイミングでした。そこで地域と繋がるだけでなく「クリエイター同士の横の繋がり」が生まれたことも大きな収穫でした。

武田
私のエリアでは、上京区役所の方から「朝カフェ」を案内されて、そこから地域との関わりが始まりました。学生から年配の方まで、自分のやってることを紹介し合う場。そこからスムーズに地域のキーマンと繋がって、同志社大学の学生と一緒に企画をしたり、自分の活動自体が地域に反映されていくようになりました。レジデンスをきっかけに、オーナーである私自身が「自分の街にどんな人がいて、どんな連携ができるのか」を再発見していくプロセスもありました。
杉田
あとは、分野や地域を超えた横同士のつながりですね。「***酒場」や「MEETUP」のイベントの場で、同じ悩みを持つコーディネーターやレジデンスオーナーたちと出会えたのもよかったです。孤独を解消できる「エモーショナルなサポート」があったことは、活動を継続する上での大きなパワーになりました。

レジデンスが地域の新しい「セーフティネット」へ
ーちなみに区役所では、役割の呼称が「まちづくりアドバイザー」から「まちづくり協働コーディネーター」へと変化しました。この名称変更にはどのような意図があったのでしょうか?

小西
「アドバイザー」は、言葉のとおり専門家が上から助言するという印象を与えているように思いました。今の地域に必要なのは、異なるレイヤーやプレイヤーの間に立ち、調整して物事を動かす役割です。「協働コーディネーター」の役割は、この事業においても、「多様なプレイヤーと伴走する」という点でマッチしていると感じます。
倉谷
コーディネーターの勉強会も実施しましたが、正解や定義は一つではありません。ただ明確なのは、一人の人間にできるコーディネート量には限界があるということです。だからこそ、特定の誰かが背負うのではなく、「みんながコーディネーター」というマインドを持つことが重要だと考えています。
小西
大事なのは、相談し合える関係、顔を知っている関係を増やすこと。自分が困ったときに「あ、あの場所・あの人に聞けばいいんだ」という案内図をみんなが持っている状態です。
倉谷
長く同じ人が居続けると、どうしてもその人の「色」が強く出て、入りづらさを生むリスクもあります。特定の「人」に依存せず、誰もが頼ることができる「開かれた仕組み」として機能を積み重ねていくこと。 それが、仲間を増やし、分母を広げるための組織的な土台になると思っています。
ー令和8年度に向けて、各区役所のHub機能(区Hub)との連携をさらに強めていくと伺っています。
小西
町内会などの地域コミュニティは、賑わいを生み出すコンテンツがマンネリ化し、例えば、高齢者サロンのような事業も人が集まらず、孤立を深める状況があります。そこにレジデンスという「新しいコンテンツ」を持ち込むことで、多様な人が集まり、結果として孤独や孤立を防ぐセーフティーネットになる。僕らのミッションは「住民自治」を支えること。レジデンスはこの課題を解決する一つの解だと確信しています。
倉谷
これからの時代、海外との接点を持つことは生きていく上で避けられません。行政の中には、まだ「何してるかわからん事業」と思われていますし、リスクも常にありますが、だからこそ僕は庁内外で「敵を作らないこと」を何より意識しています。あの人たちだけで盛り上がっている」というネガティブな印象は、地域では一気に広がってしまいますから。だからこそ、じわじわと味方を増やし、地域の人たちが「今度はどんな人が来るんかな?」と当たり前に楽しみにするような京都の風景を、皆さんと一緒に作っていきたいですね。

座談会を終えて
「新しい風」として京都を訪れるクリエイターが地域と出会い、馴染んでいく。そこには相互理解への丁寧なステップが必要ですが、行政の「安心印」と地域のコーディネーターの「丁寧な翻訳」、そしてオーナーの「開かれた心」があれば、境界はきっと鮮やかに溶けていきます。アスタリスク・イン・レジデンスは、単なるクリエイター支援にとどまりません。それは、人口減少や高齢化という課題を抱える地域に、新しいコンテンツと「つながり」をもたらす、未来のためのセーフティネットでもあるのです。
