アートはコミュニケーション:西陣織の旧工場で紡がれた、歴史・文化・学びの交換

「*** in Residence Kyoto」は、海外からやってくるクリエイターと、京都の生活者が日常を共有して学び合い、新しい価値観や関係を育てていくレジデンスプログラムです。
今回密着したのは、実家である京都・西陣織旧工場を拠点に活動するレジデンスオーナーでありアーティストの武田 真彦と、フランス出身のアーティストでありファッションデザイナーのPaul Bonneville。
工場の残響、まちの小さな喫茶店、リビングでの会話——一日を通して見えてきたのは、制作プロセスの裏側にある学びや問い、そして互いの背景が交差する瞬間でした。
レジデンスは「宿泊する場所」「作品をつくる場所」だけではなく、人と人が出会い、語り合い、これからの関係を育てていく場でもあります。
レジデンスの最終日、Youth Coordinatorの新田冬和と山本一輝がその一日を密着し、滞在の記憶をたどりました。
- 聴き手・記事執筆 ユースコーディネーター
本文中には、執筆担当以外の Youth Coordinator たちによるコメント(YCノート)をところどころに挟み込んでいます。ページを進めるたび、別の目線からの気づきや驚きがそっと挟み込まれるような、多層的な読み心地を感じてもらえると嬉しいです。
CreatorResidence2025/10/5 11:00 at 西陣織旧工場 天気:⛅️素材・地域の文脈を最大限に活かす、新しい発想 「工場の音が気に入っているんだ」
— 音が記憶を呼び起こす場所13:00 at Hive Coffee「京都的時間」が流れるまちで、1ヶ月は滞在制作としては短い?空間が生み出す交流 ー 制作物と会場の特徴がコミュニティの輪の中心に再び京都で制作をするのが次の目標原点は〇〇 ー クリエイター・オーナーそれぞれの制作の原点とは15:00 at 旧西陣織工場のリビング(Living Room)たくさんの「問い」をもたらす場所
ー ひとと影響しあうレジデンス
想像以上の創造的滞在
ー 作品の軸になった多くの出会い可能性の扉を開く鍵としての「創造的滞在」
ー オーナー×クリエイターが起こした化学反応
「変わること」を受け入れること ー 異なる視点が生み出すエネルギー クリエイター・オーナーによる滞在の Best Moment!17:00 Farewell Party at CORNER MIX「別れは終わりではなく、関係のはじまり」 — レジデンスが残す“次につながる余白”おわりに — 別れではなく、はじまりの対話
2025/10/5 11:00 at 西陣織旧工場 天気:⛅️
作品の搬出作業をしながら、作品の写真撮影をすることに。


素材・地域の文脈を最大限に活かす、新しい発想
Youth Coordinator: 新田冬和(以下、Towa)
改めて素敵な作品ですね。どのように作品制作を進められたのですか?
Paul Bonneville (以下、Paul)
まず最初の一週間で、レジデンスオーナーの武田真彦(以下、Masahiko)とアイデアを共有しました。そのなかで、僕が過去に制作した生地の伸縮性を用いたボトムスの作品と、Masahikoが説明してくれた西陣織と関係の深い”丹後ちりめん”の特徴が重なる部分が多いことに気づいて。それで丹後ちりめんのリサーチを行うことになったんです。
丹後にある丸仙株式会社さんに伺い、工場見学と丹後ちりめんの紹介をしていただきました。フラットに織り上げた絹の織物を熱湯にくぐらすことで生地が縮み、それを幅出しをして広げることで独特の凹凸を生み出すというものです。
京都の街並みからインスピレーションを得て、「うなぎの寝所」のような長いドレスを作ろうと考えていたのですが、ドレスのウエストの部分を作るとなると、生地を裁断しないといけない。僕はいつも、素材そのものの特徴を活かしたいと考えていて、着物のようにできるだけ生地を切ったり縫ったりしないようにしているんです。
丹後ちりめんの縮む工程について伺ったとき、「生地の一部だけ縮みを残すことはできないか?」と丸仙さんに聞いてみたんです。すると、「確かに、できるかもしれない。一度やってみましょう!」と、工場ですぐ実験してくれました。実験は見事に成功し、ウエスト部分だけ縮みを残すことで、生地を裁断することなく一枚の丹後ちりめんでドレスを完成させることができました。

Masahiko
丸仙さんが展覧会に来てくださったとき、「丹後ちりめんの弱点でもある縮む特徴を使って、美しい作品を作ってくれた発想が本当に嬉しかった」と言ってもらえたのを聞いて、感動しました。
Paul
一枚の生地で服を作ることで、いろんなものに変容させることができる。丹後ちりめんの透け感を使い、ランタン・照明にするアイデアも実現できました。竹籤のトルソーを作るのが実は一番難しかったです。
YCノート | Hana
生地の特徴を無駄のないように発揮させれるのがすごい。
丹後ちりめんの縮む特徴を活かした制作は、Paulさんが丸仙さんとの実験の中で、生地を縛ってお湯をかけるという方法を試したことから生まれたアイデアで、実際にアイデアを形にしていくまでの段階も記事から読み取れて興味深いです。
「工場の音が気に入っているんだ」 — 音が記憶を呼び起こす場所


Towa
長いドレスの照明、この場所にとても合っていますね。落ち着きます。それと工場の音もとても素敵ですよね、織り機の音が心地よくって。
Paul
僕も工場の音がとても気に入ってるんだ。これは実際の音ではなく、録音したものを再生しているんだけれど。Masahikoが丹後ちりめんの工場で録音したもの再生してくれているのだけど、音を流すという発想は音楽家である彼だからこそ思いついたものです。
Masahiko
この工場では祖父母の代まで西陣織を織っていて、30年ほど前に廃業してからは全く使ってなかったんです。子供の頃は工場に入るのが怖くて、工場がどんな風景だったか覚えてなくて。工場から聞こえる「音」だけ記憶に残っています。家の外でも、子供の頃は織屋が周りにたくさんあって、至る所でこの音が流れていました。
Towa
織り機の音が記憶の中に残っているんですね。工場で耳を澄ますと、外の音も聞こえて、色々な音が混ざり合うのも面白いですね。
Paul
隣の家の音も聞こえてますね。隣の家がこんなに近いのも京都らしいと思います。
YCノート | Towa
作業の傍だったためそこまで会話が弾んだわけではないが、話す中で感じたのはPaulがあらゆる体験や感覚を作品に取り込もうとする姿勢であった。作品自体が緻密なリサーチに基づくものであるのはもちろんだが、武田さんや交流した人たちの会話や、上述した通り「音」にも意識を向けていることに改めて驚かされた。
そんなポールだからこそ、ミュージシャンである武田さんがレジデンスオーナーを務めたことがポジティブに働いたんだろうなと思う。
13:00 at Hive Coffee
搬出作業のあと、近くのカフェでランチ
「京都的時間」が流れるまちで、1ヶ月は滞在制作としては短い?

Towa
*** in Residence Kyoto に参加しての感想を改めて伺ってもよろしいでしょうか。
Paul
想像していた通り、素晴らしいプロジェクトでした。クリエイティブな時間と、リラックスできる瞬間のバランスに、とても満足しています。
ただ唯一の問題は、期間が短すぎたことです。Nuit blancheに向けて作品を本格的に作り出し、展示を行った最後の2週間はあまり思い出せません。でも、最初の2週間はとても良かったです。アイデアをどのように実現するかを考える、そんな期間になりました。
YCノート | Hana
As I thought, Paul felt like your stay wasn't long enough. やはり。
Towa
そうですよね。地域と連携するソーシャルイベントもたくさんありましたし。
Paul
そうでしたね、ただその一方でソーシャルイベントは非常に重要でした。今回をきっかけにまた京都に戻って来ることを考えている僕にとって、最も重要なのがソーシャルな部分です。繋がりを作ることが、創作活動よりも重要だと感じました。これは *** in Residence Kyoto の特色ですよね。
ただ、今回大変だったことは、「Nuit Blanche Kyoto」での作品発表を前提とした滞在だったため、何かを提出しなければならなかったことです。一般的にこのようなレジデンス・プログラムでは、成果やアウトプットについては何も求められないことが多いです。なぜなら、私たちクリエイターにとって、人との繋がりやコミュニケーションが最も重要だからです。
Towa
確かに、Nuit Blanche での発表が滞在の中に設定されているのは、クリエイターにとっては大変なスケジュールになりますね。
Paul
そうですね。ただ、何より人との繋がりは本当に素晴らしいものでした。たくさんの人と出会うことができましたし、ここに暮らす人と出会い、繋がりを持つ経験は貴重でしたね。 ここでの1ヶ月で、僕の人生の22年間で出会ったよりも多くの人と話しました!本当に面白くて、興味深い人たちばかり。
*** in Residence Kyoto に参加したことによって、Nuit Blancheのためだけに滞在するよりもたくさんの人と出会えた気がするんです。日本に来て、実際に人と出会い、繋がりを作るのは本当に難しいです。しかし、*** in Residene Kyoto はその橋渡しをしてくれました。
また、時間の問題に関して言うのなら、京都という土地の特徴もあるのかもしれません。なぜなら京都は、物事を進めるために丁寧に時間をかけた方が良いからです。例えばフランスでは、何かをすぐに、手早くやる方法を常に見つけることができます。あの人のところに行けば、彼がこれをやってくれる、といった具合に。でも、ここでは、まず人を介して紹介をしてもらい、実際に直接挨拶に伺い、それからプロジェクトを提示して、それから... という感じです。だからより時間を要するんですね。滞在期間が1ヶ月では少し短いのかもしれません。
空間が生み出す交流 ー 制作物と会場の特徴がコミュニティの輪の中心に

Towa
西陣織旧工場での展覧会を実際にやってみて、いかがでしたか?
Paul
人々に来てもらうのは本当に素敵なことでした。また、作品を発表するだけでなく、作品を起点として議論するのも良いことです。西陣織の旧工場という特別な場所での展覧会でしたので、私は自分の作品についてアートの観点から話すことができましたし、真彦は西陣織の旧工場を通して地域の歴史についても話すこともできました。
Masahiko
Paulの滞在と展覧会をきっかけに、近くにある西陣織の現役の織屋さんや、同志社大学、上京区役所など、今まで繋がることがなかった地域の方々と話すことができたんです。私自身ここに長く住んでいますが、西陣織の現在について、あるいはこの地域の歴史など、知らないことがたくさんあることを知り、とても勉強になりました。
同志社や他の大学も含め、地域との人々の繋がりをどのように作るかということを考えておられるそうで、地域を巡る小さなツアーやインタビュー調査など、大学と連携することで地域の記憶を収集する企画が生まれそうです。
Paul
学生と協働するのは、みんな面白いアイデアを持っていますからとても刺激になりそうですね。
YCノート | Towa
作品を通じて生まれるコミュニケーションに価値があるという話を繰り返ししてくれたのが印象的だった。作品のコンセプトや意図に関する質問に丁寧に答えてくれ、話す過程で作品への解像度が上がっていく感覚が面白かった!
再び京都で制作をするのが次の目標


Towa
今後の展望をお聞かせいただけますか?
Paul
次のプロジェクトは、京都に戻ってくることです。今回京都でとても多くの人に会えたことが、次のプロジェクトのハードルを下げてくれた気がするんです。これは*** in Residence Kyotoのおかげです。新たな場所で新しくプロジェクトを始めるのは本当に難しくて、お金や場所探しだけでなく、私に興味を持ってくれる人も必要になるんです。特に外国人として、日本で繋がりを作り、何かを始めることは本当に難しい。しかし、***in Residence Kyotoのおかげで、私の取り組みに興味を持って関わってくれる人々に会うことができました。
Towa
この企画が人脈を繋いで、今後の制作にも良い影響を与えているということですね。
Paul
そうですね。しかも、このような形で人と繋がるには東京よりも京都の方が良いと感じました。京都の方が、人に出会うのがずっと簡単な気がするんです。これには驚きました。なぜなら私はいつも、『京都の人は外国人と話したがらない』と聞いていたからです。私が出会ったすべての人はとても親切に歓迎してくれました。
Towa
もしかすると、京都はより「繋がり」「人間関係」といったコミュニティが基盤となっている気がしますね。 昨年インドから来たクリエイターが、「京都は大きな村のようだ」と言っていましたし。
Paul
まさに僕もそのように感じました。 展示にどれだけの人が来て、次のステップに繋がることができたか。また、制作する中で関わった人たちや、そこからさらに紹介してもらった人々... まさに「大きな村」です。大きな村の中で人々が密接に繋がっている感覚ですね。
これからのキャリアを考える上での問題は、店を開き、ビジネスを立ち上げたいと思っていることです。東京でそのような活動をすることを考えていましたが、年齢的にも経済的にも、今の状態では東京のような都会で経営をするのは難しいと感じています。だからこそ、次のステップとして京都に惹かれているんです。滞在中、ここ京都では、いろいろなエリアに散らばって小さな店が数多くあることに気づいたんです。全てのお店が混雑しているわけではありませんが、毎日10人ほどがコンスタントに来て、商品や展示に興味を示してくれる。だから、京都では作品を発表するのに十分な大きさの場所を見つけることができると考えているんです。近所のお店にふらっと立ち寄る、そんな暮らしが京都にはあると思います。
産業的に、今は大企業とそうでない企業の境界を越えることは非常に難しいです。特にファッション業界では、大企業は絶大な力を持っています。
Towa
そのような状況下で、あなたはどのように道を切り開いていこうと考えているのですか?
Paul
最善なのは、現在のファッション業界の慣習とは別の方法を見つけて、小さくいることだと考えています。小さく留まり、制作を続けていく。そう考えると、京都は一番の場所かもしれません。ファッションはクレイジーな世界です。でも私にとっては、小さな店を持って、生活し、新しい服を作るのに十分なだけの服を売る。それで完璧なんです。それ以上は必要ないんです。
「C’est la vie!」それが、人生です。
原点は〇〇 ー クリエイター・オーナーそれぞれの制作の原点とは

Towa
最初にアートを勉強し始めたきっかけは何ですか?
Paul
高校を卒業した後は、芸術学校に入るために予備校に通いましたね。その頃は、ファッションとは全く違う、彫刻や絵画をしていました。そして、私は「 ENSAD」(国立高等装飾美術学校)いう学校に入りました。そこで初めてファッションを通じた表現方法に興味を持ったんです。また、ファッションデザイナー・ヨウジヤマモトの映画『都市とモードのビデオノート』に感銘を受けて。そのような経緯でファッションに進むことに決めました。
Towa
最初からファッションではなかったんですね!
Paul
そうですね、ファッションデザインを学び始めたときも、私はとてもコンセプチュアルなファッション作品を作っていたんです。 そこから私は日本で文化学園大学に進み、そのあとヨウジヤマモトのもとに行きました。特にヨウジヤマモトでは、本当に良い服を作る方法を学んだんです。それ以来私の考えも変わり、別の視点を持つようになりました。
Towa
どんな視点を大切にしているのですか?
Paul
私は自分のブランドを作りたいと言っていますが、実際にはファッションだけを考えているわけではありません。デザインのオブジェクトになり得るものなら何でも興味があります。そして異なるものを混ぜ合わせ、新しい”橋”を見つけることこそが良い表現であると思っています。
ここ京都が制作にとって本当に良い環境なのは、全てに応用することができるとても多くの工芸があることです。その環境が、多くの新しいアイデアを生み出してくれるのです。クリエイティブな生活にとって、ここに来ることは金の鉱山のようなものです。人が何かを作っているのを見ているだけで、とても多くのインスピレーションを得ることができるんですよ。
Towa
異なるものが合わさるときに、新しいものが生まれるんですね!もう少し詳しく伺いたいです。
Paul
人々が「なぜこの作品を作るのか」「なぜそう考えるのか」と尋ねるときに、コンセプトは生まれます。そして頭の中で、自分のイメージと他分野のアイデアがつながったとき、それこそがクリエイティブなアイデンティティになりうると考えています。
例えば、Masahikoは、「音」と「西陣織」というアイデアを用いて制作をしています。この2つの異なる分野を持ち、その間の何かを見つけるとき、彼の持つ唯一無二の新しいアイデアが生まれると思うんです。
Masahiko
僕自身、最初は「音」と「西陣織」という分野を横断することは考えていませんでした。しかしPaulの言う通りで、その2つを繋げて作品制作を考え始めてから、新しい表現が生まれ、地域やいろんな領域の方々との新しい関係が広がっていったんです。
YCノート | Kazuki
様々な領域を横断し、最終的にファッションに落ち着くところが面白い。確かにPaulの作品には一言でファッション作品とは言い切れない深みがあった。
15:00 at 旧西陣織工場のリビング(Living Room)
たくさんの「問い」をもたらす場所
ー ひとと影響しあうレジデンス

想像以上の創造的滞在 ー 作品の軸になった多くの出会い
Towa
このプロジェクトに参加するきっかけについて伺ってもいいでしょうか。
Paul
子どもの頃に訪れた日本にもう一度戻りたいと思っていて、機会を探していたときに Nuit Blanche Kyoto の情報をもらいました。日本で自分のブランドを立ち上げたいという思いもあり、「今だ」と感じたんです。そこで *** in Residence Kyoto やMasahikoのプレゼンテーションも見て、「応募しない理由がない」と思いました。
Towa
実際に参加してみて、印象は変わりましたか?
Paul
期待以上でした。昨年参加したフランス人クリエイターの記事を読んで、たくさんの出会いやミーティングがあるだろうとは思っていましたが、想像以上に良いタイミングで、素晴らしい人たちに出会えました。この短い期間で、これ以上は望めないと感じるくらいに。
Towa
あなたの作品は京都での人やものとの出会いがベースになっているからこそ、今回の経験はとても大きかったのではないかと感じます。Masahikoさんはいかがでしたか?
Masahiko
僕にとっても「想像以上」でした。僕のバックグラウンドは音楽ですが、どちらかというとアートというより職人や文化に関心があります。だからこそ、彼のプロジェクトの中で、滞在する地域の文化やクラフトマンシップの文脈を踏まえながら作品が立ち上がっていくプロセスに強く惹かれました。
多くのアーティストは自分の内側の感情や衝動を起点に作品を作りますが、Paul は地域の歴史や素材、職人との対話を起点に制作していた。その点がこのプロジェクトとも、僕自身の興味ともとてもマッチしていました。
正直に言うと、最初は「もし彼が“芸術家らしすぎたら”どうしよう」という不安もありました。他者の声を一切聞かないアーティストもいますからね。でも、彼はとてもオープンマインドで、この地域や職人技への興味を持って来日してくれた。その姿勢に、ほっとしました。
可能性の扉を開く鍵としての「創造的滞在」 ー オーナー×クリエイターが起こした化学反応

Masahiko
彼の作品やここでの活動は、僕の期待を超えるものをもたらしてくれました。彼のランタン作品は、この工場をコミュニティスペースであり、芸術的な場所として開いてくれた。地域のアイデンティティや生地の特性、僕が持っていた人間関係、家族の歴史までを包み込んで、ひとつの空間として可視化してくれたと感じています。
Paul
実は来る前から、京都の近所や場所をオンラインで調べていました。でも、実際にここに来て、人々に会い、一緒に歩き、話すなかで、頭の中にあったアイデアの方から心を開いてくれるような感覚がありました。
ランタン作品をあえてシンプルな形に留めたのも、その場所や周囲のものがより立ち上がるようにするためです。ファッションショーやコレクションでは、強いピースが一つあると他を隠してしまうこともありますが、ここでは作品を起点に「場所」そのものを感じてもらいたかった。その意味でも、この工場の持つ力が最大限に発揮されたと思います。
Towa
アート作品だけでなく、Paul さんの「滞在」そのものが多くの交流を生んだように感じます。
Paul
そうですね。交流や対話の積み重ねが、作品を多層的なものにしていきました。これはプロダクトとアート作品の違いでもあると思います。
プロダクトはある種「完成されたもの」である必要がありますが、アート作品は、展示を通じて得られる意見や感想がその一部になりうる。今回も、会場で生まれた様々な対話が、そのまま作品のレイヤーになっていきました。
Towa
ご自身の作品は、アートとして捉えていますか?それともプロダクトとして?
Paul
自分では「よりプロダクト寄り」だと感じています。でも、それこそが今抱えている課題でもあります。
日本では、プロダクトとアートピースの境界線がとても薄いですよね。西洋ではその境界をはっきりさせることを求められます。僕が学校でコレクションを発表したときも、「あなたはアートを作っているのか、デザインを作っているのか?」と問われました。でも日本では、見る人が自分で意味づけをしているように感じます。
クラフト(職人技)も、日本では文化や価値として尊重されていますが、西洋では衰退し、軽んじられてしまうことも少なくありません。だからこそ、クラフトとアート、デザインの境界を問い直す僕の作品は、日本の方がしっくりくるのかもしれません。
MAGASINN KYOTOで発表したコレクションも、「ステートメントとしてのピース」として見る人もいれば、「日常の服」として捉える人もいる。それでいいし、その揺らぎそのものが議論を生む。今回は、実際に多くの人とその議論を交わすことができました。
自分の作品についての背景を自分の口で語りながら議論できる機会は、とても稀で貴重です。ここでは作品について、30回くらいは違う視点から話をしたと思います。そのたびに異なる質問や解釈が生まれ、それがまさに僕が求めていたものでもありました。
「これはプロダクトだと思いますか?アートですか?両方ですか?」
「何か個人的な記憶を呼び起こしますか?」
——そんな問いを来場者に投げかけながら、対話を通じて作品が更新されていく。展示にあまり興味がなさそうな人でも、少なくとも 20 分は滞在してくれて、何かしら言葉を残してくれる。その時間は本当にかけがえのないものでした。

Masahiko
みんな長くとどまり、あなたと話し込んでいきましたね。「なぜ窓なのか?なぜランタンなのか?」といった問いが次々に生まれて、すごく豊かな時間でした。
Towa
これだけ多くの対話が生まれましたが、その経験はあなたの制作への向き合い方に変化をもたらしましたか?
Paul
はい。ここにはデザイン寄りのアプローチで来ましたが、滞在が終わるころには、ファッションから少し離れた新しいアイデアがたくさん生まれていました。ファッションを始める前に自分が好きだったことも思い出せた気がします。
レジデンスは、成果物に追われず、自分の作品についてじっくり考える時間を与えてくれます。一ヶ月という期間は決して長くはないけれど、別のやり方、別の方向性を試しながら、自分の軸を見つめ直すには十分でした。
Towa
東京にも滞在していましたが、京都という場所の特性は、その変化に影響を与えましたか?
Paul
大きく影響しています。新しい発見、人との出会い、そして真彦との長い対話——それらは東京では得られなかったものでした。
京都では、作品について腰を据えて考え、人と議論できる、穏やかな時間が流れている。東京ではどうしても日々のルーティンに追われてしまいますが、京都では「立ち止まる余白」がありました。
Towa
真彦さんとの関係も、作品に影響を与えましたか?
Paul
もちろんです。彼はこの場所と人々をつなぐ結節点のような存在で、たくさんの問いをもたらしてくれました。その問いに自分なりの答えを持とうとすることで、作品の厚みが増していったと感じています。背景にたくさんの質問を抱えた作品を作る方が、見る人もまた自分の答えを探そうとする。ここでの環境はまさに対話的で、多くの問いを呼び込んでくれました。
Towa
では、Masahiko さんご自身のクリエイティブな活動、特にミュージシャンとしてのあり方にも変化はありましたか?
Masahiko
確実にありました。僕はアーティストとのコミュニケーションには慣れている方だと思いますが、それでも Paul の滞在は大きな刺激になりました。
特に印象的だったのは、展示への向き合い方です。一部のアーティストは空間を情報で埋め尽くし、説明を重ねることで、何かを隠してしまうこともあります。でも Paul の展示は、「たった一つのピース」に絞ることで、逆に多くの声やアイデアを引き出していた。
僕は以前から「良いアート作品は、見る人の中にたくさんの声や問いを生み出す」と考えてきましたが、それをここまでシンプルな構成で実現しているのを見て、正直少し嫉妬もしました(笑)。
Towa
お二人の間で、とても良い関係性とインスピレーションの循環が生まれていたことが伝わってきます。
Paul
そうですね。仕事の話だけでなく、暮らしや近所のことまで、いろんなテーマでじっくり話ができたのが良かったです。そうした何気ない会話からも、多くのアイデアが生まれていきました。
YCノート | Towa
Paulと武田さんの関係が素敵だなと思った。レジデンスオーナー、クリエイターの域を超えて友達としてお互いをアーティストとしてリスペクトしあっているのが見ていて分かった。
「変わること」を受け入れること ー 異なる視点が生み出すエネルギー

Masahiko
海外からクリエイターを受け入れる・新しい関係を築いていくことは、変化を受け入れることだと感じました。思えば、Paulを受け入れることを決めたその瞬間から、僕自身の変化が始まっていたのかもしれません。
Paul
どこかのタイミングで、新しいものを受け入れるという決断をした。その一点が大事なんだと思います。今、世界中のあらゆる場所で、「変化」を恐れる空気があります。でも、地域の外から誰かが来ることで混ざり合い、新しい変化が生まれる。
西陣の歴史も、まさにそうですよね。200 年前、西陣の人々がフランスに渡り、新しい織物や機械技術を学んで京都に持ち帰った。それが今日まで続く伝統産業の土台になっている。外からの変化が、この土地の歴史の中にも刻み込まれているんです。
Masahiko
通常のレジデンスでは、クリエイターが来て、自分の制作に集中して、その対価として滞在する、という形も多いと思います。でも、このプログラムは、地域とのつながりの中で機能し、地域に溶け込んでいくことが前提になっている。
Paul
それこそが、僕がここに来たいと思った理由でした。ウェブサイトに書かれていたコンセプトや情報が、とても理にかなっていて。日本に移住したいと考えている人にとっても、これ以上ないプログラムだと思います。
僕はこの滞在で、ここに留まりたいと思えるだけの「人との繋がり」を得ました。もし本当に日本に暮らすことになったら、そのきっかけは間違いなくこのプログラムです。ここで京都を「発見」し、この街を好きになりました。
Masahiko
それは、京都とこのプロジェクトにとって、何よりも嬉しい贈り物ですね。
クリエイター・オーナーによる滞在の Best Moment!
Towa
このプログラムの中で、心に残っている「最高の瞬間」を教えてください。
Paul
一つ目は、西陣織「帯屋捨松」さんの工場見学です。工場でフランス語の本を見つけたとき、「京都・西陣とフランスのつながり」が実際にここに存在していることを、物理的な証拠として見た気がしました。200 年前に、西陣の人々がフランスで学び、技術を持ち帰った——今回の私の滞在と地続きのストーリーを感じた瞬間でした。
絞るのは難しいですが、数え切れないほどの「出会いと対話」そのものがどれも美しかった。お互いを理解しようとしながら、判断なしに考えを交換し合う時間は、本当にあたたかくて貴重でした。
Towa
Masahikoさんはいかがですか?
Masahiko
一つを選ぶのは難しいですが、丹後ちりめんの工場見学ですかね。5年前に京都のリサーチプログラムで訪れたことがあったのですが、そのときは情報量が多すぎて、自分の中で消化しきれませんでした。
でも今回、Paul の多彩なアイデアとともに工場を訪れたことで、あのときのリサーチと今が一本の線でつながった感覚があったんです。
そこから一緒に「どう作るか?」を工場の方々と考え、生地が完璧に縮む瞬間を目の当たりにして、「これは何かが生まれる」と感じました。工場主と知識やアイデアを交換し、お互いの目が輝くのを見られたのは、本当に美しい時間でした。
そのとき、アーティストであること、レジデンスオーナーであることに心から誇りを持てた気がします。
Paul
その瞬間は、僕にとっても間違いなくベストモーメントのひとつです!新しく見つけたこの技術・手法が工場の方々にとっても新しい扉になってくれたなら、とても嬉しいです。
17:00 Farewell Party at CORNER MIX
「別れは終わりではなく、関係のはじまり」 — レジデンスが残す“次につながる余白”
Paulの滞在最終日であったこの日、宿泊先であったMAGASINN KYOTOの系列店であるカフェ「CORNER MIX」にてFarewell Partyを開催。レジデンスオーナーでありながら、クリエイターとしても活動している武田真彦さんと、作家として活動していきたいと考えている YC かずきが、その創作観と生き方について率直に話を伺いました。
YCノート | Kazuki
「好きじゃない」「苦手」から始まる創作について

作家として歩き始めた今の自分にとって、この言葉は静かで、確かな支えになった。
好きかどうか、向いているかどうかは、途中で変わる。それでも続けていれば、迷いや苦手も含めて、いつかすべてが自分の表現になる。
続けること。それだけでいい。
最後に残った言葉は、とてもシンプルだった。
でも距離があるからこそ、冷静に向き合えることもある。理由がなくても、得意でなくても、続けていていい。その立ち位置からしか生まれない表現が、確かにあるのだと知った。
「好きじゃない」「苦手」という感覚は、ネガティブなものだと思っていた。
だからこそ本を読み、考え続け、「なぜ伝わらないのか」「どうすれば届くのか」を言葉にしようとしたという。
音楽は、友人に誘われて始めた。コミュニケーションは、むしろ苦手だった。
武田さんは、音楽やコミュニケーションを軸に場をつくる人に見える。でもその出発点は、「大好きだから」でも「得意だから」でもなかった。

おわりに — 別れではなく、はじまりの対話
Paul
今回受け入れてくれて、本当にありがとうございました。MAGASINN KYOTOもCORNER MIXも、僕にとってこれ以上ない環境で滞在できました。心から幸せな一ヶ月だったよ。
Masahiko
そう言ってもらえて、本当に嬉しいです。Paul が帰るなんてまだ実感がわかないけれど…お別れというよりは、これからの関係の始まりという気持ちが大きいですね。また近い将来、京都で一緒に何かできる日を楽しみにしているね。
Paul
もちろん。またすぐ戻ってくるよ!
レジデンス期間の終了は、終わりではなく、関係のはじまり。
ここで生まれた対話や出会いは、かたちを変えながらこれからも続いていきます。
また京都に戻り、新しい作品や関係が立ち上がる日を、自然に想像できる——そんな前向きな予感を残して、この記録を閉じたいと思います。